横浜とは

横浜市(よこはまし)は、関東地方南部、神奈川県の東部に位置する都市で、同県の県庁所在地政令指定都市の一つであり、18区の行政区を持つ。現在の総人口は日本の市町村では最も多く、四国地方に匹敵するおおよそ373万人であり1府37県の人口を上回る。人口集中地区人口も東京23区(東京特別区)に次ぐ。神奈川県内の市町村では、面積が最も広い。市域の過半は旧武蔵国で、南西部は旧相模国戸塚区泉区栄区の全域と瀬谷区港南区の一部)。

幕末以降(詳しくは後述)から外国資本が積極的に当地に進出。そのため近代日本において有数の外資獲得力を誇った。関東大震災後は政府による積極的な振興政策により、京浜工業地帯の中核都市となった

横浜市は東京都心から南南西に約30kmから40km圏内にある、東京湾に面した神奈川県で最大の都市である。横浜市政の中心地は関内地区(中区関内駅周辺)で、横浜市域の中央駅は横浜駅西区[注 2]、横浜市の経済活動の中心地は横浜駅周辺地域である。経済活動の中心地である横浜駅周辺地域は、横浜市政の中心地である関内地区から北北西に約3kmの所にあり、両地域間は事実上分断されており、横浜市政は両地区の中間に位置する横浜みなとみらい21地区(桜木町駅周辺)の開発を進めて、横浜都心の一体的発展を進めている。また、横浜都心臨海部(インナーハーバー[1])に位置する東神奈川臨海部周辺(東神奈川駅周辺および山内ふ頭周辺)地区[2]、横浜駅周辺地区、みなとみらい地区、関内・関外地区、山下ふ頭周辺地区では長期的な都市の再生計画が進行中で、これらの五地区をLRT(次世代型路面電車システム)で結ぶ案も検討されている[3]

横浜市営地下鉄路線図

横浜市域は比較的広大であり、横浜市政が指定する都心(ツインコア)は、横浜都心(関内・関外地区、横浜みなとみらい21 (MM21) 地区、横浜駅周辺地区[4][5]、と新横浜都心(城郷地区(小机駅周辺地区)、羽沢地区羽沢駅(仮称)周辺地区)、新羽地区(新羽北新横浜駅周辺地区)、新横浜地区(新横浜駅周辺地区))[6]である。また、主要な生活拠点(旧:副都心)としては、鶴見駅周辺、港北NT(港北ニュータウン)センター二俣川鶴ヶ峰駅周辺、戸塚駅周辺、上大岡駅周辺が指定されている[7][8]。港北NTセンターを除く各地区は、JR東海道線横浜線京急本線相鉄本線の鉄道駅を中心として古くから発展してきた街である。港北NTセンターは、1965年(昭和40年)に策定された横浜市六大事業の一つとして、当時の港北区(現在の中心は都筑区)に計画的に開発された街である。都心(ツインコア)と各主要な生活拠点(旧:副都心)間は、横浜市営地下鉄ブルーラインおよびグリーンライン(横浜環状鉄道)[9]横浜環状道路を中核とした自動車専用道路によって[10]、計画的に結ばれる予定となっている。そのほかの郊外区は首都圏への人口集中によるスプロール化した市街地が散在しており、都市基盤整備が推進されている。多摩田園都市をはじめとした市内北西部は、東京都心のベッドタウンとして開発されたため、鉄道網も東京からの放射線が軸となり、東京都心への通勤通学人口が多い(詳細は後述)。

横浜市域は、南に接する鎌倉鎌倉幕府が置かれた鎌倉時代から本格的に開発され始めた。江戸時代には江戸幕府が置かれた江戸に近いため、幕府直轄地や旗本領が大部分を占め、藩は小規模な六浦藩金沢区)のみがおかれた。また、大きな港を持たない鎌倉幕府の海の玄関口として六浦湊(金沢区六浦)が、江戸湾(東京湾)内海交通の要衝として神奈川湊(神奈川宿、神奈川区神奈川)が、早くから栄えた。江戸時代末期には、神奈川沖・小柴(旧・六浦湊外周部)で締結された日米修好通商条約により、「神奈川」を開港場にすることが定められた。実際には神奈川湊の対岸にある横浜村[注 3](現在の中区関内地区)に新たに港湾施設が建設され、短期間に国際港の体裁を整えた。安政6年6月2日1859年7月1日)に開かれた横浜港は「金港」とも呼ばれ、生糸貿易港、商業港、旅客港として、また工業港として急速に発展。横浜を日本の代表的な国際港湾都市へと発展させる礎となった。

1889年明治22年)4月1日市制が施行され、横浜市となった[注 4]。市域の面積は、市制施行時には横浜港周辺の5.4 km² にすぎなかったが、6次にわたる拡張と埋立てにより437.38 km² (2006年)となっている。1927年(昭和2年)の区制施行で市域は5区に分けられ、周辺町村の合併と区域の再編を経て、行政区の数は18区となっている。市制施行時の横浜市の人口は約12万人だったが、その後は第二次世界大戦中の一時期を除いて増加の一途をたどり、現在では約370万人となった。これは日本の市では最も多く人口集中地区人口も東京23区(東京特別区)に次ぐ。ただし人口密度は大阪市、川崎市などのほうが高い。1956年(昭和31年)には政令指定都市[13]1988年(昭和63年)には業務核都市[14]2011年(平成23年)には環境未来都市と国際戦略総合特区に指定され[15]2012年(平成24年)には横浜駅周辺地区などが特定都市再生緊急整備地域[16]に指定された。

地理

 

横浜市のランドサット画像

市域は神奈川県の東部にあたり、東経139度43分31秒(鶴見区扇島)から139度27分52秒(瀬谷区目黒町)、北緯35度35分33秒(青葉区美しが丘西)から35度18分44秒(金沢区六浦南)に位置する[17]。東は東京湾に面し、北は川崎市、西は大和市藤沢市東京都町田市、南は鎌倉市逗子市横須賀市に接する。市域の面積は神奈川県の約18%を占め、県内の市町村で最も広い。

地形

 

横浜市域の地形は、丘陵地台地段丘低地埋立地に分けられる。

丘陵地は、市域中央部よりやや西よりに分布し、市域を南北に縦断する。この丘陵地は保土ケ谷区旭区などを流れる帷子川付近を境に、北側と南側で性質を異にする。北側の丘陵地は、多摩丘陵の南端に位置し、標高は60mから100mで北に向かって高くなっている。南側の丘陵地は、三浦半島に続く三浦丘陵の北端部を占め、標高は80mから160mで南に向かって高くなっている。南側の丘陵地の方が起伏も激しく、標高も高い。鎌倉市に山頂部を置く大平山をはじめとする通称「鎌倉アルプス」に続く峠部分が市内最高点(栄区上郷町、標高159.4m)であり、市内最高峰の大丸山金沢区釜利谷町、標高156.8m)や円海山磯子区峰町、標高153.3m)もこの南側の丘陵地に位置する。

台地・段丘は、丘陵地の東西にある。東側の台地は鶴見区の地名を取って下末吉台地と呼ばれ、標高は40mから60mで鶴見川付近まで続く。瀬谷区泉区戸塚区など西側の台地は、相模野台地の東端に当たり、標高は30mから70mで南に向かって低くなっている。本牧付近で台地が海に突き出し、その南側は根岸湾と呼ばれる。横浜駅周辺も幕末まで袖ヶ浦と呼ばれる入り江だった。

低地には、丘陵地や台地を刻む河川の谷底低地と沿岸部の海岸低地とがある。谷底低地は鶴見川に沿って広がり、平坦な三角州性低地を形成する。また、海岸部には埋立地が造成され、海岸線はほとんどが人工化されている。金沢区の小さな入り江平潟湾は、鎌倉幕府が江戸湾側の海の玄関口とした天然の良港であった。としては金沢区の野島扇島八景島人工島)があり、野島海岸が横浜で唯一の自然海浜となった。

河川
鶴見川鳥山川、早渕川、砂田川
帷子川、今井川、中堀川
境川柏尾川いたち川、宇田川、和泉川
大岡川堀割川中村川
入江川、侍従川、富岡川、大川、滝の川
南部の港南区・磯子区・栄区・金沢区境付近が最も高く、大丸山(標高156m)、円海山(標高153m)などがある

東京、川崎から続く市域の沿岸部には、京浜工業地帯が広がる。埋立地を中心とした地域には、鉄鋼業や化学工業などの大規模工場や、火力発電所が多く、内陸部にかけた地域は、部品や食品などの中小規模事業所が多い。横浜駅へ鉄道路線を集中したため、商業の中心地は関内地区から横浜駅周辺へと移っている。そのため元々の中心地であった伊勢佐木町関内の相対地位が低下しており、その中間に位置する「みなとみらい21横浜ランドマークタワー他)」を整備することで都心の一体化を目指している。また、新幹線駅を持つ新横浜を始め、上大岡戸塚二俣川鶴ヶ峰鶴見、港北ニュータウンなど、副都心としての機能を持つ街の整備を図り、都市機能の集積や地域経済強化に注力している。東急田園都市線沿いの青葉区は横浜市街地よりも東京23区との繋がりが深い。

  • NTT市外局番はほぼ全域が「045」(横浜MA)。ただし、青葉区奈良町のごく一部に「042」(相模原MA)、鶴見区尻手のごく一部に「044」(川崎MA)地域がある。
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行政区

横浜市は現在、18区(行政区)で構成される。市役所本庁の所在地は中区。行政区の数としては、大阪市の24区に次ぐ。区名と主要な施設・観光地は以下の通り。

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